人材育成の最前線|製造業のリスキリングについて

汎用工作機械で加工する熟練の職人

人材不足が深刻な問題とされている製造業界において、1人ひとりの技術向上を図る人材育成は重要な課題となっています。

2020年に行われたダボス会議では「リスキリング革命」が発表され、当時の内閣総理大臣だった岸田総理が「リスキリングに今後5年間で1兆円を投入する」と発言してから、ちょうど5年が経とうとしています。

このタイミングで改めて「リスキリング」を理解し、製造業における効果的な人材育成について考えてみましょう。

リスキリングとは

リスキリングとは

「リスキリング」とは、新しい業務や役割に対応するために、新たなスキルや知識を習得することを指します。これまでの仕事のやり方やスキルでは今後の業務に対応できないといった状況を打破するために、市場の変化や現場の改革に合わせて「学び直し」を行い、新しい仕事に備えることです。

そして「リスキリング」には、実施する内容や目的に応じて2つの考え方があります。

1つ目の「企業内リスキリング」は、企業に属する従業員が新しいスキルや知識を学び、社内で新しい分野の業務に携わることです。

そして2つ目の「市場リスキリング」は、労働者が新しいスキルや知識を学び、別の会社へと移ることです。

また「リスキリング」と混同されやすい概念として「リカレント教育」や「アンラーニング」がありますが、それぞれ異なる特徴があります。

リカレント教育とリスキリングの違い

「リカレント教育」は、社会人が仕事と学びを両立し、必要に応じて学び直しを繰り返すことです。
リカレント(recurrent)は「繰り返す」という意味があり、働きながら定期的に教育を受け直す仕組みが「リカレント教育」です。

リスキリングでは、企業主体で学び直しのタイミングや内容を決定しますが、リカレント教育では個人が主体的に学び直しを実施します。

アンラーニングとリスキリングの違い

「アンラーニング」は、これまでの知識や価値観、やり方を一度手放すことです。
つまり、「学び直し」の前段階で古い習慣や考え方を捨てるプロセスが「アンラーニング」です。

最新技術の導入によって、従来の作業内容が大きく変化することもある製造業においては、「昔の成功体験」や「慣れたやり方」が足かせになってしまうこともあります。学び直すことによって新たなスキルを身につける際に、まずは古い考え方や固定観念を取り払うことも必要になります。

製造業におけるリスキリングの課題

リスキリング活動は、企業側からの要請が約7割と非常に高い割合で実践されており、スキル取得に対する現場の意識は高い傾向にあります。特に製造業では34.1%の人が「自動化に向けたツールの活用」について学び、現場に活用したいと考えています。

しかし学習意欲の高さとは裏腹に、思うように推進できていないのも現実です。

会社全体での導入に至らない

リスキリング活動は、現場単位では高い割合で行われている反面、習得したスキルや知識を発揮する環境が企業側に整備されるところまで進んでいないという現状があります。

この結果、せっかく身につけたスキルや知識を実践する場面がなく、学習成果を活かせない事態が発生しています。また、実践に結びつかないことで学習意欲が徐々に低下してしまうという悪循環も生まれています。

学習時間を確保するハードル

企業からリスキリング活動の要請はあるものの、通常業務と並行して行わなければいけないため、充分な学習時間を確保することができないという課題もあります。

通常業務と並行して学習できる平均時間は、全体でおよそ5時間半となっており、年代別では60代以上が約6時間強、40~59歳が約6時間、39歳以下が約4時間半と、年齢が下がるにつれて学習時間が確保できていない傾向にあります。

また勤務時間内での学習時間が平均153分に対し、勤務時間外が平均173分と就業後や休日の時間を学習に充てている現状があります。従業員の負担を考慮すると、勤務時間内に学習時間を確保することが理想的です。

勤務時間内での学習が難しい理由として、学びの場が現場主体であることも大きな要因です。

IT関連や語学など、場所を選ばずに学習が可能なスキルであれば隙間時間などを有効に活用できます。
しかし製造業が求めるスキルや知識は実機操作など現場を中心とすることが多く、学習時間を捻出することが比較的難しいといった課題があります。

金銭的支援の不足

リスキリング活動の金銭的支援については、実施者の39.8%が「勤務先からの支援はなかった」と回答しています。約4割が自己負担で学習しており、費用面のサポートがなく途中で学習をやめてしまうケースも多く見られます。

勤務時間内の学習時間確保が困難であることに加え、場所や設備の提供などの支援も限定的で、時間と費用の両面で実施者に大きな負担をかけているのが現状です。

製造現場でリスキリングを実現させるには

リスキリング後のロードマップを明確化

リスキリング活動の一般的なロードマップは、システムツールの統合・導入により部門間を超えた情報アクセスと協働をシステム面から支えるといった改善が主な成果となります。

しかし製造業界の場合は、単にシステムを導入するまでが成果とは言えず、リスキリング活動による作業工程の簡略化や協働ロボットによる製造工程の自動化、ベテラン社員の技術継承、加工不良等の事前検知など、導入後の業務改善も成果の対象になります。

例えば、作業工程の簡略化や協働ロボットによる自動化であれば、ロボットオフラインティーチングソフトなどの技術習得がリスキリング活動のターゲットとなります。

また、切削加工のプロセスでは、加工前の段取り作業やNCデータ作成の効率化をゴールに設定し、CAD/CAMシステムなど関連ソフトウェアのスキルや知識を習得することで、従来の手作業によるデータ作成をソフトウェアによる自動化に置き換えることができます。

このように製造現場の最適化というゴールから逆算してロードマップを明確化することで、企業全体でリスキリング活動を推進するという共通意識を浸透させることができます。

中長期的な計画に基づいた学習計画

製造業におけるリスキリング活動を円滑に実行するために「人材育成のサイクル」を中長期的に計画する必要があります。

特に製造業の業務は専門性が高く、スキルの習得から戦力化まで長期的な育成期間を要します。

リスキリング活動によって習得したスキルや知識を定着させるまでは、アウトプットに充てる時間を業務時間内で意図的に作り出す必要があります。また業務時間内でスキルや知識を発揮する場面を積極的に設け、スキルの実践とスキルアップを図る仕組みが求められます。

支援制度の充実

企業がリスキング活動に必要な費用について支援に踏み込めない原因の1つに、「本当にスキルが身についているのか」「スキル習得後退職してしまうのでは?」といった懸念が挙げられます。

これに対しては、リスキリングにおける学習の進捗やスキル定着を定期的に確認し、個人のスキルアップを適切に評価したうえで、費用を後日負担するなどの社内規定を整備することも必要な支援制度です。

自社での支援が難しい場合には、厚生労働省の人材開発支援助成金や長期教育訓練休暇制度、教育訓練短時間勤務等制度などの制度を活用することで、個人の費用負担をサポートすることも可能です。

まとめ

製造業におけるリスキリングは、単に従業員のスキルアップにとどまらず、企業の競争力維持と持続的成長の基盤となる戦略的な投資です。人材不足という深刻な課題を抱える製造業界において、既存人材のスキル向上は最も現実的かつ効果的な課題解決案となります。

一時的な取り組みで終わらせず、変化し続ける製造業界で企業が生き残るための継続的な文化として、今こそ本格的なリスキリングの推進に踏み出す時期ではないでしょうか。